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~ 気弱な転入生の物語 ~
「危うく大事な第一印象を台なしにするところだった…」
ガラガラッ―
私は深呼吸をして教室のドアを開け、中をのぞいた。早朝の教室内の空気は少し冷たく感じられた。
「ふぅ。やっぱり誰もいなかった」
誰もいないことに安心したあまり、敷居につまずいて、ぺちゃっと転ぶところだった。幸い受け身を取れたので、服も髪も靴も無事だった。
「危うく大事な第一印象を台なしにするところだった…」
胸の高鳴りを静めて、教卓の前に立った。今は早朝5時30分。今日も自己紹介の練習をしようか。転入生として新しい友達に初めて会う日が近づいているから。
***
1人の時だと本当にうまくできるのに。
誰もいない時なら簡単にできる自己紹介が、なぜ人前に立つと恥ずかしくてできなくなるのだろう。
1年前にあった、将来の夢を発表する授業のことを思い出した。自分の夢について話し、自分の好きなものをクラスメートに紹介する時間だった。天文学者が夢だという子は自分で作った惑星の模型をいくつも持ってきて、誇らしげに自己紹介し、自分の席に戻った。そして、私の名前が呼ばれた。
「よろしく。私はウォッチです。夢は…、まだよく分かりません。
歌うことが何よりも好きだけど…」
ごくり。いざ教卓の前に出ると、心臓が口から飛び出そうなほど緊張した。
みんなにじっと見られていることが、とても恥ずかしかった。準備してきた歌を歌おうと、口を開いた。でも、私の声は“アリの声”くらいに小さくなってしまっていた。
どうにか最後まで歌いきったけれど、クラスメートたちに私の歌声が聞こえていたのかは分からなかった。このままでは確実に私は独りぼっちになる、そう思った。
悲しい気分でとぼとぼと家に帰ったあの日、家電店で、その映像とまるで運命のような出会いをした。あるアイドルグループのコンサート映像。数万人の歓声と輝くペンライトの波。8人のキラキラしたアイドルたちが楽しそうにステージを縦横無尽に走り回る姿が、大きなスクリーンに映し出されていた。
「別世界の人たちみたいだ…」
数万人の前で楽しそうに歌って踊れるなんて。私も、あんなふうに勇気をもって歌えるだろうか。その日から私の将来の夢は、キラキラしたアイドルになった。
***
「『珍島犬の前でもひるまないマルチーズ』にしようか、それとも『田舎の犬』がいいかな?」
相手は初めて会う人たちが相手だから、易しい問題がいいよね?
「ワン、ワン、ワン」
クラスメートが登校してくる前に終わらせなくては。最後は秘蔵の特技「田舎の犬のものまね」の練習だ。かすれた声で短く何回か鳴くのがポイントだ。
ネイチャードキュメンタリーの音声ファイルを作り、毎日3時間はそれを聞いて練習するようにしていたら、ものまねをマスターできた。アイドルになるには、特技を身につけることが一つの関門だ!
ワン、ワン、ワン!
その時だった。どこからか、返事をするような犬の鳴き声が聞こえてきた。
「かなり上達したってことね! 本物の犬が返事をしてくれるんだから」
少し気を良くして元気が出そうになったその時、がらんとした教室から誰かの声が聞こえた。
『今のは、私が言ったんだけど?』
こんな早朝に、私以外に人がいるはずがないのに!
声に驚いて顔を向けると、壁時計の掛かった教室の後方に、いつの間にか強い青い光が降り注いでいた。
『アイドルの特技として、ものまねは悪くないわね』
少女の大きな声が、青い光の向こう側から聞こえてきた。
「私もそう思うけど…。あなたは誰?」
姿の見えない少女の声、こんなの聞いたことがない。
『あなたを招待しに来たの』
「招待って? どこに?」
『あなたがアイドルとしてデビューできるところへ』
私がアイドルになるって?まるで数千人の観客の前に立っているみたいに、胸がドキドキして、破裂してしまいそうだ。
『あなたが何度も何度も早起きして練習してきた自己紹介、私と一緒にやってみない?』
…!
毎日、日が昇る前に起きて、誰もいない教室で練習していたことを、なぜこの人は知っているのだろう?
急展開するこの状況を理解する暇もないまま、青い光は音を立てて渦巻き始めた。私はこの少女を知らないし、この光がどこへ向かうのかも分からないけど…。
確かなことが2つあった。私はアイドルになりたいということ。私を呼んだ少女は、私の夢を見守っていたのだということ。
(自己紹介…。準備はもう整ったんだ)
何が起きるのか不安もあるけど、今回だけは勇気を出して、そっちの世界に転入してみようと決めた。足を踏み入れると、暗闇が降りてきた。でも体は温かな光に包まれて、私はぱたっと意識を失った。
~ 気弱な転入生の物語 ~
「危うく大事な第一印象を
台なしにするところだった…」
ガラガラッ―
私は深呼吸をして教室のドアを開け、中をのぞいた。早朝の教室内の空気は少し冷たく感じられた。
「ふぅ。やっぱり誰もいなかった」
誰もいないことに安心したあまり、敷居につまずいて、ぺちゃっと転ぶところだった。幸い受け身を取れたので、服も髪も靴も無事だった。
「危うく大事な第一印象を台なしに
するところだった…」
胸の高鳴りを静めて、教卓の前に立った。今は早朝5時30分。今日も自己紹介の練習をしようか。転入生として新しい友達に初めて会う日が近づいているから。
***
1人の時だと本当にうまくできるのに。
誰もいない時なら簡単にできる自己紹介が、なぜ人前に立つと恥ずかしくてできなくなるのだろう。
1年前にあった、将来の夢を発表する授業のことを思い出した。自分の夢について話し、自分の好きなものをクラスメートに紹介する時間だった。天文学者が夢だという子は自分で作った惑星の模型をいくつも持ってきて、誇らしげに自己紹介し、自分の席に戻った。そして、私の名前が呼ばれた。
「よろしく。私はウォッチです。
夢は…、まだよく分かりません。
歌うことが何よりも好きだけど…」
ごくり。いざ教卓の前に出ると、心臓が口から飛び出そうなほど緊張した。
みんなにじっと見られていることが、とても恥ずかしかった。準備してきた歌を歌おうと、口を開いた。でも、私の声は“アリの声”くらいに小さくなってしまっていた。
どうにか最後まで歌いきったけれど、クラスメートたちに私の歌声が聞こえていたのかは分からなかった。このままでは確実に私は独りぼっちになる、そう思った。
悲しい気分でとぼとぼと家に帰ったあの日、家電店で、その映像とまるで運命のような出会いをした。あるアイドルグループのコンサート映像。数万人の歓声と輝くペンライトの波。8人のキラキラしたアイドルたちが楽しそうにステージを縦横無尽に走り回る姿が、大きなスクリーンに映し出されていた。
「別世界の人たちみたいだ…」
数万人の前で楽しそうに歌って踊れるなんて。私も、あんなふうに勇気をもって歌えるだろうか。その日から私の将来の夢は、キラキラしたアイドルになった。
***
「『珍島犬の前でもひるまないマルチーズ』に
しようか、それとも『田舎の犬』がいいかな?」
相手は初めて会う人たちが相手だから、易しい問題がいいよね?
「ワン、ワン、ワン」
クラスメートが登校してくる前に終わらせなくては。最後は秘蔵の特技「田舎の犬のものまね」の練習だ。かすれた声で短く何回か鳴くのがポイントだ。
ネイチャードキュメンタリーの音声ファイルを作り、毎日3時間はそれを聞いて練習するようにしていたら、ものまねをマスターできた。アイドルになるには、特技を身につけることが一つの関門だ!
ワン、ワン、ワン!
その時だった。どこからか、返事をするような犬の鳴き声が聞こえてきた。
「かなり上達したってことね! 本物の犬が返事を
してくれるんだから」
少し気を良くして元気が出そうになったその時、がらんとした教室から誰かの声が聞こえた。
『今のは、私が言ったんだけど?』
こんな早朝に、私以外に人がいるはずがないのに!
声に驚いて顔を向けると、壁時計の掛かった教室の後方に、いつの間にか強い青い光が降り注いでいた。
『アイドルの特技として、ものまねは悪くないわね』
少女の大きな声が、青い光の向こう側から聞こえてきた。
「私もそう思うけど…。あなたは誰?」
姿の見えない少女の声、こんなの聞いたことがない。
『あなたを招待しに来たの』
「招待って? どこに?」
『あなたがアイドルとしてデビューできるところへ』
私がアイドルになるって?まるで数千人の観客の前に立っているみたいに、胸がドキドキして、破裂してしまいそうだ。
『あなたが何度も何度も早起きして練習してきた
自己紹介、私と一緒にやってみない?』
…!
毎日、日が昇る前に起きて、誰もいない教室で練習していたことを、なぜこの人は知っているのだろう?
急展開するこの状況を理解する暇もないまま、青い光は音を立てて渦巻き始めた。私はこの少女を知らないし、この光がどこへ向かうのかも分からないけど…。
確かなことが2つあった。私はアイドルになりたいということ。私を呼んだ少女は、私の夢を見守っていたのだということ。
(自己紹介…。準備はもう整ったんだ)
何が起きるのか不安もあるけど、今回だけは勇気を出して、そっちの世界に転入してみようと決めた。足を踏み入れると、暗闇が降りてきた。でも体は温かな光に包まれて、私はぱたっと意識を失った。