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黒まめソリテ

~ 五穀ガールズ末っ子の物語 ~

「えっ!? 虫がつく時期だから活動中断?」

「マネージャーさん。私たち、どこに向かっているんですか?」

窓の外を見ても、ここがどこだかさっぱり分からない。ただ野原が広がっているだけだ。
この【五穀の国】では見慣れた風景だけど、この場所には来たことがないような気がする。車内のメンバーたちは、疲れているのか、みんな死んだように眠っている。

(そうか、疲れて当然よね。私たち、デビューして…もう11日目だったっけ?)

ぐっすり眠るメンバーたちの姿を見ていると、ふいにデビュー直前の日々が頭に浮かんだ。グループ名とメンバーの芸名を決め、グループの挨拶フレーズも考えて…、何もかもが新鮮だった。


「…黒まめ?」

初めて私の芸名を聞いた時は、天にも昇る気分だった。

(とってもきれいな名前!)

メンバーの名前には一貫性があった。

ハトムギ、オーツ麦、ピーナツ、玄米…。私たちは誰が見ても五穀ガールズだわ!

ある日、振り付け練習の真っ最中だった私たちは、社長に呼ばれた。またデビューの話が白紙になったのかと不安に思っていたら、挨拶のフレーズが必要だと言われた。悩んだ末に、リーダーのハトムギさんが言ったの。

「『光り輝く香ばしさ! 五穀ガールズです!』はどう?」

さすが、私たちのリーダー!聞いた瞬間、私は泣きそうになった!私たちにも挨拶フレーズが出来たのだ。どんなにこの瞬間を夢見てきたことか。それからは、全ての事が一気に進んだ。タイトル曲が決まり、広い野原でミュージックビデオを撮影し、ついに今日は初のステージを控えている。

「着いたよ。降りよう」

今日、やけにミラー越しに私たちの様子をうかがっているマネージャーさんが言った。私は車を降りて、周囲を見回した。

「『そばの花フェスティバルへ、ようこそ』?」

***

(あの有名な『そばの花フェスティバル』が私たちの初舞台だなんて!)

順番に車を降りた私たちは、準備する間もなくステージへと向かった。

「新人グループ、五穀ガールズの皆さんです!」

騒がしい声のMCが私たちを紹介するのが聞こえた。ついに私たちはステージに上がる。
ドキドキ。初舞台目前、心臓が口から飛び出そうだったけど、その一方で、私たちのことなど誰も知らないのだろうなと思った、その瞬間―

遠くに「五穀ガールズ♡五穀米」と書かれたボードが見えた。

(私たちにファンがいたの?)

面食らって立ち尽くしていると、タイトル曲のイントロが流れ出し、私はとりつかれたように初舞台へと足を踏み出した。

(この瞬間こそ、私が夢見ていたものだ!)

涙が出そうだった。どんなに夢見てきた瞬間だったか。それが、そばの花フェスティバルのステージだったなんて。

私は、今この世で一番幸せな人間だと思った。

***

「ええええっ?活動中断?」

一日中私たちの様子をうかがっていたマネージャーさんが、合宿所に戻る途中、青天のへきれきとも言える通達をしてきた。もうじき穀物に虫がつく時期で、今年は特に被害が大きいため、グループの活動をしばらく中断しなければならないという。【五穀の国】では、よくあることなのだと。
信じられない。今日が初舞台だったのに、グループ活動中断ですって?よりによって虫がつく時期だなんて…。涙をぬぐって見上げた窓の外の月は、憎らしいほど明るかった。

明日は小正月だったっけ?【五穀の国】では昔から、新年最初の満月となるこの日に月を見ながら願い事をすれば、満月が願いをかなえてくれると言われている。

「お月様、私はやっとアイドルになれて11日目なんです…。ここで辞めることはできません。どんなステージでもいいので、活動を続けさせてください!」

初舞台後の高ぶった思いと活動への切なる思いを込めて祈りをささげた。

合宿所に到着後。メイクも落とさないまま、ベッドに潜って泣きたくて布団をめくると…、布団の中に「W」の印鑑が押されたピンク色の名刺が隠されていた。

誰の物か分からないけれど、怖さよりも興味のほうが先に立った。急いでパーカーを拾って着ると、合宿所の前にある電話ボックスに走り、電話をかけた。

〈こんにちは〉

正体不明の機械音が聞こえる。

もしかして、詐欺?むなしくなって電話を切ろうとすると、正体不明の機械音が続いた。

〈このまま五穀の国にいたければ1を、
   別の世界でもう一度デビューしたければ2を押してください〉

え…?脈拍が早くなるのを感じた。静寂が深まるにつれ、電話が切れてしまうのではと焦りを感じた。

(今の状況より悪くなることなんて、ない)

震える手で2を押した。

『黒まめ、私と一緒にデビューしよう』

突然、少女の声が聞こえた。初めて聞く声だった。

(私を…、知っているの?)

〈留意事項をお聞きになりたければ1を、聞く必要がなければ2を押してください〉

また機械音が流れた。一部始終を聞きたいのは、やまやまだったけれど、小銭がいくらもなかったし、それを聞いたら二度と彼女とはつながれない気がした。

(仕方ない。もう心は決まったのだから、このままでいこう)

震える手で2を押し、次のアナウンスを待った。

『では、私たち明日の満月に会いましょう』

「何ですって?」

ぷつんと電話の向こうの彼女は、よく分からないメッセージを残して電話を切った。

(何なの?)

戸惑った私は電話ボックスを出た。夢でも見たのかと、しばらくぼう然としながら、それでもまず明日、ライブ放送でファンのみんなに会わなければ、と思っていた。

2日後。【五穀の国】では「五穀ガールズの最年少メンバーの黒まめが、ライブ直後に姿を消した」という記事が出た。どこに行ったのかは分からないが、別の世界でもう一度デビューするのだという言葉を残して消息を絶ったという。




~ 五穀ガールズ末っ子の物語 ~

「えっ!? 虫がつく時期だから活動中断?」

「マネージャーさん。
 私たち、どこに向かっているんですか?」

窓の外を見ても、ここがどこだかさっぱり分からない。ただ野原が広がっているだけだ。
この【五穀の国】では見慣れた風景だけど、この場所には来たことがないような気がする。車内のメンバーたちは、疲れているのか、みんな死んだように眠っている。

(そうか、疲れて当然よね。
 私たち、デビューして…もう11日目だったっけ?)

ぐっすり眠るメンバーたちの姿を見ていると、ふいにデビュー直前の日々が頭に浮かんだ。グループ名とメンバーの芸名を決め、グループの挨拶フレーズも考えて…、何もかもが新鮮だった。


「…黒まめ?」

初めて私の芸名を聞いた時は、
天にも昇る気分だった。

(とってもきれいな名前!)

メンバーの名前には一貫性があった。

ハトムギ、オーツ麦、ピーナツ、玄米…。私たちは誰が見ても五穀ガールズだわ!

ある日、振り付け練習の真っ最中だった私たちは、社長に呼ばれた。またデビューの話が白紙になったのかと不安に思っていたら、挨拶のフレーズが必要だと言われた。悩んだ末に、リーダーのハトムギさんが言ったの。

「『光り輝く香ばしさ! 五穀ガールズです!』は
  どう?」

さすが、私たちのリーダー!聞いた瞬間、私は泣きそうになった!私たちにも挨拶フレーズが出来たのだ。どんなにこの瞬間を夢見てきたことか。それからは、全ての事が一気に進んだ。タイトル曲が決まり、広い野原でミュージックビデオを撮影し、ついに今日は初のステージを控えている。

「着いたよ。降りよう」

今日、やけにミラー越しに私たちの様子をうかがっているマネージャーさんが言った。
私は車を降りて、周囲を見回した。

「『そばの花フェスティバルへ、ようこそ』?」

***

(あの有名な『そばの花フェスティバル』が
 私たちの初舞台だなんて!)

順番に車を降りた私たちは、準備する間もなくステージへと向かった。

「新人グループ、五穀ガールズの皆さんです!」

騒がしい声のMCが私たちを紹介するのが聞こえた。ついに私たちはステージに上がる。
ドキドキ。初舞台目前、心臓が口から飛び出そうだったけど、その一方で、私たちのことなど誰も知らないのだろうなと思った、その瞬間―

遠くに「五穀ガールズ♡五穀米」と書かれたボードが見えた。

(私たちにファンがいたの?)

面食らって立ち尽くしていると、タイトル曲のイントロが流れ出し、私はとりつかれたように初舞台へと足を踏み出した。

(この瞬間こそ、私が夢見ていたものだ!)

涙が出そうだった。どんなに夢見てきた瞬間だったか。それが、そばの花フェスティバルのステージだったなんて。

私は、今この世で一番幸せな人間だと思った。

***

「ええええっ?活動中断?」

一日中私たちの様子をうかがっていたマネージャーさんが、合宿所に戻る途中、青天のへきれきとも言える通達をしてきた。もうじき穀物に虫がつく時期で、今年は特に被害が大きいため、グループの活動をしばらく中断しなければならないという。【五穀の国】では、よくあることなのだと。
信じられない。今日が初舞台だったのに、グループ活動中断ですって?よりによって虫がつく時期だなんて…。涙をぬぐって見上げた窓の外の月は、憎らしいほど明るかった。

明日は小正月だったっけ?【五穀の国】では昔から、新年最初の満月となるこの日に月を見ながら願い事をすれば、満月が願いをかなえてくれると言われている。

「お月様、
 私はやっとアイドルになれて11日目なんです…。
 ここで辞めることはできません。
 どんなステージでもいいので、
 活動を続けさせてください!」

初舞台後の高ぶった思いと活動への切なる思いを込めて祈りをささげた。

合宿所に到着後。メイクも落とさないまま、ベッドに潜って泣きたくて布団をめくると…、布団の中に「W」の印鑑が押されたピンク色の名刺が隠されていた。

誰の物か分からないけれど、怖さよりも興味のほうが先に立った。急いでパーカーを拾って着ると、合宿所の前にある電話ボックスに走り、電話をかけた。

〈こんにちは〉

正体不明の機械音が聞こえる。

もしかして、詐欺?むなしくなって電話を切ろうとすると、正体不明の機械音が続いた。

〈このまま五穀の国にいたければ1を、
 別の世界でもう一度デビューしたければ
 2を押してください〉

え…?脈拍が早くなるのを感じた。静寂が深まるにつれ、電話が切れてしまうのではと焦りを感じた。

(今の状況より悪くなることなんて、ない)

震える手で2を押した。

『黒まめ、私と一緒にデビューしよう』

突然、少女の声が聞こえた。初めて聞く声だった。

(私を…、知っているの?)

〈留意事項をお聞きになりたければ1を、
 聞く必要がなければ2を押してください〉

また機械音が流れた。一部始終を聞きたいのは、やまやまだったけれど、小銭がいくらもなかったし、それを聞いたら二度と彼女とはつながれない気がした。

(仕方ない。もう心は決まったのだから、
 このままでいこう)

震える手で2を押し、次のアナウンスを待った。

『では、私たち明日の満月に会いましょう』

「何ですって?」

ぷつんと電話の向こうの彼女は、よく分からないメッセージを残して電話を切った。

(何なの?)

戸惑った私は電話ボックスを出た。夢でも見たのかと、しばらくぼう然としながら、それでもまず明日、ライブ放送でファンのみんなに会わなければ、と思っていた。

2日後。【五穀の国】では「五穀ガールズの最年少メンバーの黒まめが、ライブ直後に姿を消した」という記事が出た。どこに行ったのかは分からないが、別の世界でもう一度デビューするのだという言葉を残して消息を絶ったという。