バリム
~ ヒップホッパーだった清純少女の物語 ~
「ヒップホップ一族に生まれたからって、
絶対ラッパーとして生きなきゃダメってことはないでしょ?」
ここは365日気候のいいLA。
窓から差し込むうららかな日差しに目が覚めた。
(は~。今日も爽やかな朝ね)
目は覚ましたけれど起き上がらず、しばらく清々しい朝を満喫していた。その時、激しい
ヒップホップ音楽が家中に鳴り響いた。
(またヒップホップ…)
強烈なビートに意識がはっきりした。私はベッドサイドのカセットテープに体を向けた。
(私の一日を始める曲を、他の人に選ばせてはおけないわ)
そして、先輩たちの曲をかける。
悲しまないで No, No, No
1人じゃないよ No, No, No
いつだって私の
光になってくれた あなた ※1
家の外を通りがかった人にも聞こえるほど大ボリュームにして、体に染みついた振り付けを踊りながら歌いだす。
(ハア、ハア)
1曲目は軽く息が切れる程度にしておこう。次の曲が始まって、清純派アイドルの練習に励んでいると、しまった…、ラップパートが流れてきた。
(このパートは!)
聞き流すことができなくて、ラップをする。すると、今まで清純そのものだった歌声が、たちまちワイルドになる。ヒップホップをやめて清純な声になりたいと、今まで努力してきたのに…。ラップになると、つい以前の声に戻ってしまう。
「あーあー、あー。(よし、今朝の練習はここまで)」
喉の調子を整えて、本格的に一日をスタートするためにクローゼットを開く。
うーん。今日はどの服を着ようか。たくさんのワンピースの中から、悩みに悩んで、薄紫の1着と水色の靴を選んだ。
ナナナナーナナナナー
私のことが好きだって ※2
清純そうな服を着ると、自動的に流れるBGM。私は爽やかな笑みを浮かべ、ダンスの練習のためにテニスコートへと向かった。
***
爽やかな気分で家を出たのに、家の前の道で、誰かと肩がぶつかった。
「あれっ? あなたは?」
顔を上げてみると、そこにいたのは、かつてラップバトルでディスり合った対戦した相手だった。一歩下がって私を頭のてっぺんからつま先までなめるように見ている。その態度、少なからず驚いているようね。
まあ、そうね。無理もない。
私は一時、あらゆるヒップホップバトルに挑んでいた。
アメリカの正統派ヒップホップと名高い大物の家に生まれ、幼い頃からヒップホップ音楽を聴いて育った。父にくっついてあちこちのバトルを見て回り、年頃になってからはバトルにも出て、ヒップホップシーンではかなり有名になった。ラップバトルシーンでは私を知らない人はいないというほどになった。
だ、け、ど。
一度きりの人生、ヒップホップ一族に生まれたからって、絶対にラッパーとして生きなきゃダメってことはないでしょ?
ある日、たまたまテレビで見たガールズグループのステージに、私は心を奪われた。その瞬間、「そうだ。このバリムがガールズグループ市場を制圧してやろう」という気持ちになり、ヒップホップから離れたってわけ。
「Hey What’s up?」
まだ私の服装から目を離せずにいる彼女が、挨拶のつもりかケンカを売ろうとしているのか分からないが、声をかけてきた。
「見て分からない?元気にしてるわ」
長く話したくないので短く切り上げて通り過ぎようとすると、くすくすという笑い声が聞こえた。
「あなた…。お人形ごっこでもしているわけ?」
「何ですって?」
私は歩みを止めて振り返った。ふん。最近ストレスもたまっていたことだし、ちょうどいい所で会ったかも。私が彼女に向かって何を言ったか分かりやすく伝えると、こうだ。
「なんてすてきな因縁。なぜ突然、私の前に現れて、こんなバトルを仕掛けてくるの…。
ベイビー、私の前からすぐに立ち去らないと、みんなの前で恥ずかしい思いをさせてやるわ。」
&*#$%#%^
ワイルドな素の私が表に出そうになった、その時、気が付くと、彼女は戸惑った様子で後ずさりしていた。あら?いつの間にこんな荒々しい声になっていたのかしら。ケンカなんて売ってこないでよね。
平常心を取り戻し、私はワンピースの肩紐をさわりつつ、背を向けて歩き出した。
ナナナナーナナナナー
いい天気ね。
***
何事もなかったかのように歩いていると、ダンスの練習をするつもりだったテニスコートで何か撮影をしているのか、人がたくさん集まっているのが見えた。近づいてみると、ミュージックビデオの撮影のようだった。清純派ガールズグループのみたいだから、見物しなくちゃ。
全てをこの目に焼き付けてやる…。そんな思いで急いだ。
少しでも近くから見ようと人波をかき分けていくと、マネージャーらしき人物が私を呼んだ。
「バリム、早く来て。みんな待ってるんだから!」
(私の名前を知ってるの?)
訳が分からぬまま、マネージャーの後に続いて撮影現場の真ん中へと向かった。そして、流れる音楽に合わせてカメラを見ると…、自然に体が動き出す。毎日のように練習していた、あの曲だ。
だんだん弾んでいく息、リズムに合わせた身のこなし。これこそ、私が夢みてきた瞬間だ。頭には何も浮かばなかった。ただ、この時間が永遠であってほしいと願うだけ。すると、その時全てが止まり、照明が青い光を放つと誰かの声が聞こえてきた。
『あなたが待っていた瞬間でしょ?』
周囲を見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっていた。
「誰なの?」
『バリム、会えてうれしい』
「?」
『私がいる場所では、あなたが過去に何をしていたか、どんな家に生まれたかは関係ないわ。
あなたがこれから何をしたいかが大事なだけ』
「!」
『新しい場所で、本当の自分の姿を探してみない?』
ヒップホップが鳴り響く家で、たった1人でガールズグループメドレーをかけて練習していた日々が、走馬灯のように駆け巡った。私は、自分の心のままに進むことにした。
「よし。このレガシーを捨てて、本当の私を見つけに行こう!」
私はこうして、まばゆい照明の向こうに手を伸ばし、新しい世界を目指した。
※1 Apink『NoNoNo』の一部
※2 韓国のポカリスウェットのCMソング
~ ヒップホッパーだった
清純少女の物語 ~
「ヒップホップ一族に生まれたからって、
絶対ラッパーとして生きなきゃ
ダメってことはないでしょ?」
ここは365日気候のいいLA。
窓から差し込むうららかな日差しに目が覚めた。
(は~。今日も爽やかな朝ね)
目は覚ましたけれど起き上がらず、しばらく清々しい朝を満喫していた。その時、激しいヒップホップ音楽が家中に鳴り響いた。
(またヒップホップ…)
強烈なビートに意識がはっきりした。私はベッドサイドのカセットテープに体を向けた。
(私の一日を始める曲を、他の人に選ばせては
おけないわ)
そして、先輩たちの曲をかける。
悲しまないで No, No, No
1人じゃないよ No, No, No
いつだって私の
光になってくれた あなた ※1
家の外を通りがかった人にも聞こえるほど大ボリュームにして、体に染みついた振り付けを踊りながら歌いだす。
(ハア、ハア)
1曲目は軽く息が切れる程度にしておこう。次の曲が始まって、清純派アイドルの練習に励んでいると、しまった…、ラップパートが流れてきた。
(このパートは!)
聞き流すことができなくて、ラップをする。すると、今まで清純そのものだった歌声が、たちまちワイルドになる。ヒップホップをやめて清純な声になりたいと、今まで努力してきたのに…。ラップになると、つい以前の声に戻ってしまう。
「あーあー、あー。
(よし、今朝の練習はここまで)」
喉の調子を整えて、本格的に一日をスタートするためにクローゼットを開く。
うーん。今日はどの服を着ようか。たくさんのワンピースの中から、悩みに悩んで、薄紫の1着と水色の靴を選んだ。
ナナナナーナナナナー
私のことが好きだって ※2
清純そうな服を着ると、自動的に流れるBGM。私は爽やかな笑みを浮かべ、ダンスの練習のためにテニスコートへと向かった。
***
爽やかな気分で家を出たのに、家の前の道で、誰かと肩がぶつかった。
「あれっ? あなたは?」
顔を上げてみると、そこにいたのは、かつてラップバトルでディスり合った対戦した相手だった。一歩下がって私を頭のてっぺんからつま先までなめるように見ている。その態度、少なからず驚いているようね。
まあ、そうね。無理もない。
私は一時、あらゆるヒップホップバトルに挑んでいた。アメリカの正統派ヒップホップと名高い大物の家に生まれ、幼い頃からヒップホップ音楽を聴いて育った。父にくっついてあちこちのバトルを見て回り、年頃になってからはバトルにも出て、ヒップホップシーンではかなり有名になった。ラップバトルシーンでは私を知らない人はいないというほどになった。
だ、け、ど。
一度きりの人生、ヒップホップ一族に生まれたからって、絶対にラッパーとして生きなきゃダメってことはないでしょ?
ある日、たまたまテレビで見たガールズグループのステージに、私は心を奪われた。その瞬間、「そうだ。このバリムがガールズグループ市場を制圧してやろう」という気持ちになり、ヒップホップから離れたってわけ。
「Hey What’s up?」
まだ私の服装から目を離せずにいる彼女が、挨拶のつもりかケンカを売ろうとしているのか分からないが、声をかけてきた。
「見て分からない?元気にしてるわ」
長く話したくないので短く切り上げて通り過ぎようとすると、くすくすという笑い声が聞こえた。
「あなた…。お人形ごっこでもしているわけ?」
「何ですって?」
私は歩みを止めて振り返った。ふん。最近ストレスもたまっていたことだし、ちょうどいい所で会ったかも。私が彼女に向かって何を言ったか分かりやすく伝えると、こうだ。
「なんてすてきな因縁。なぜ突然、私の前に現れて、
こんなバトルを仕掛けてくるの…。
ベイビー、私の前からすぐに立ち去らないと、
みんなの前で恥ずかしい思いをさせてやるわ。」
&*#$%#%^
ワイルドな素の私が表に出そうになった、その時、気が付くと、彼女は戸惑った様子で後ずさりしていた。あら?いつの間にこんな荒々しい声になっていたのかしら。ケンカなんて売ってこないでよね。
平常心を取り戻し、私はワンピースの肩紐をさわりつつ、背を向けて歩き出した。
ナナナナーナナナナー
いい天気ね。
***
何事もなかったかのように歩いていると、ダンスの練習をするつもりだったテニスコートで何か撮影をしているのか、人がたくさん集まっているのが見えた。近づいてみると、ミュージックビデオの撮影のようだった。清純派ガールズグループのみたいだから、見物しなくちゃ。
全てをこの目に焼き付けてやる…。そんな思いで急いだ。
少しでも近くから見ようと人波をかき分けていくと、マネージャーらしき人物が私を呼んだ。
「バリム、早く来て。みんな待ってるんだから!」
(私の名前を知ってるの?)
訳が分からぬまま、マネージャーの後に続いて撮影現場の真ん中へと向かった。そして、流れる音楽に合わせてカメラを見ると…、自然に体が動き出す。毎日のように練習していた、あの曲だ。
だんだん弾んでいく息、リズムに合わせた身のこなし。これこそ、私が夢みてきた瞬間だ。頭には何も浮かばなかった。ただ、この時間が永遠であってほしいと願うだけ。すると、その時全てが止まり、照明が青い光を放つと誰かの声が聞こえてきた。
『あなたが待っていた瞬間でしょ?』
周囲を見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっていた。
「誰なの?」
『バリム、会えてうれしい』
「?」
『私がいる場所では、あなたが過去に何を
していたか、どんな家に生まれたかは関係
ないわ。あなたがこれから何をしたいかが
大事なだけ』
「!」
『新しい場所で、本当の自分の姿を
探してみない?』
ヒップホップが鳴り響く家で、たった1人でガールズグループメドレーをかけて練習していた日々が、走馬灯のように駆け巡った。私は、自分の心のままに進むことにした。
「よし。このレガシーを捨てて、
本当の私を見つけに行こう!」
私はこうして、まばゆい照明の向こうに手を伸ばし、新しい世界を目指した。
※1 Apink『NoNoNo』の一部
※2 韓国のポカリスウェットのCMソング