たあこ
~ 生後1年のタコの物語 ~
「それだけ切望しているってことだよ。
タコの寿命はたったの3年なのだから」
「わあ。それで深い海の底から、この岩の島に上がってきたの?」
話を聞いた亀が尋ねると、たあこはうなずいた。
「うん。ここに来れば、きっと歌を聴いてくれる人がいると思って!」
その時、空をぐるぐると回っていたカモメがからかうように言った。
「タコは賢いと聞いたのに!この大海に浮かぶ岩の島に人間がいると思う?人間がたくさんいる
海辺に行かなきゃだめだよ。バカなタコめ!」
その言葉に腹を立てたたあこは、立ち上がって声を上げた。
「タコじゃなくてたあこよ! それに、私の歌を聴いてくれる人たちは絶対にいるはず」
「でも、100日待とうと、ここでは誰も来ないよ」
だんだん気落ちしていくたあこ。この岩の島に来てから一体、何日経つのだろう。日が沈んで月が昇る回数を数えることに、少し疲れていたのも事実だった。照りつける太陽を見上げ、もしかしたらバカなのはカモメではなく自分なのかもしれないと、たあこは思い始めた。
***
深い、深い海。ここはたあこが暮らしていた海の下。
広大な海の中で最も深い場所に位置するここは、岩の島とは違って静かな世界だ。陸地とは、数日間泳がなければたどり着けないほど遠く離れている。それでも、ここでしか聞けない音がある。波のブクブクという音、砂のサラサラという音、そして、たあこの歌声。
この場所に、たあこは住んでいる。今日でちょうど生後1年、タコの年齢としてはもう決して幼くない。そして、今日は【タコの中のタコ】であるたあこにとって大事な日だった。
「うん。タコの寿命は普通なら3年だから…。手遅れになる前に私も行かなくちゃ!」
3回は訪れるはずの誕生日。そのうちの1回目を迎えて、もうこれ以上、夢を先延ばしにはしないと決めた。
この1年間、たあこはどんなに待っても、自分の声を聞いてくれる友達に出会えなかった。一日、二日と待ち続け、いつの間にか人生の3分の1が過ぎた。初めての誕生日まで待ってみて、その後は自分から会いに行こうと心に決めて、今日まで毎日を過ごしてきた。
「そうよ。たった一度のタコの人生!やってみるんだ!」
たあこはときめき半分、悲壮な決意半分で冒険に出る準備を始めた。一番大切にしているルビー色のリボン、友達に出会えたらプレゼントするつもりの銀色に輝く貝殻をいくつか。そして、どれほどの深さなのか想像もつかないほど深い海の底から、上へ上へと泳ぎ始めた。あまりの暗さに怖くなった時には、毎晩自分の夢をのせて歌っていた歌を思い出しながら。
***
岩の島にぺたんと座ったたあこが泣きそうになると、亀がたしなめるようにカモメに言った。
「それだけ切望しているってことだよ。タコの寿命はたったの3年なのだから」
カモメに向けての言葉だったが、それを聞いたたあこは焦りを感じた。分かっていたことだけれど、他人から言われたことでぐっと恐怖心が生まれたのだ。
「そしてタコよ。誰にでも一生に一度は機会というものが訪れる」
たあこよりもカモメよりもずっと長い歳月を生きてきた亀が、ゆっくりと話した。年を重ねた分だけ角が取れた声は、どこか温かさを感じさせた。
亀のように長い一生でも、タコのように短い一生でも、機会は一度なの?
(よし! 私はたあこよ… くじけちゃいられない!)
たあこは冷静になり、声を整えた。そして、毎晩歌っていた歌を、亀のようにゆっくり歌い始めた。もし誰かがいるなら耳に届くようにと、波音よりも大きな声で。
私はたあこ 1歳のタコ
手遅れにならないうちに夢をかなえるために旅立つの
私はたあこ タコじゃなくてたあこ
海の外でも歌い続けるわ
そんなたあこの歌が聞こえたのだろうか? 静かだった岩の島がうねり始めた。
たあこはガバッと立ち上がり、周囲を見回した。その時、そびえ立つ岩の上に潮だまりが出来て、青い光を発した。
『たあこ、随分待った?』
そこから聞こえる少女の声に、たあこの体は一瞬にしてタウリンが駆け巡った。それに、初めて会ったその少女は、たあこのことを「タコ」ではなく「たあこ」と呼んでくれた。
「うん。本当に、本当に、すごく待ってた!この広い海で、どんなに寂しかったか…」
少女は返事の代わりに、歌を口ずさんだ。まるで『ごめんね、また一緒に歌おうよ』と言っているかのように。
たあこは迷うことなく、岩の上に出来た海の中に身を投じた。冷たい水を覚悟していたのに、むしろ温かく包み込まれた。温かくて優しい海だなんて。少女の歌声によく似ていて、いいなぁ。
この少女と一緒に歌えるなら、寿命が尽きるその日まで休まず歌い続けようと、たあこは思った。
~ 生後1年のタコの物語 ~
「それだけ切望しているってことだよ。
タコの寿命はたったの3年なのだから」
「わあ。それで深い海の底から、この岩の島に
上がってきたの?」
話を聞いた亀が尋ねると、たあこはうなずいた。
「うん。ここに来れば、きっと歌を聴いてくれる
人がいると思って!」
その時、空をぐるぐると回っていたカモメがからかうように言った。
「タコは賢いと聞いたのに!
この大海に浮かぶ岩の島に人間がいると思う?
人間がたくさんいる海辺に行かなきゃだめだよ。
バカなタコめ!」
その言葉に腹を立てたたあこは、立ち上がって声を上げた。
「タコじゃなくてたあこよ!
それに、私の歌を聴いてくれる人たちは
絶対にいるはず」
「でも、100日待とうと、ここでは誰も来ないよ」
だんだん気落ちしていくたあこ。この岩の島に来てから一体、何日経つのだろう。日が沈んで月が昇る回数を数えることに、少し疲れていたのも事実だった。照りつける太陽を見上げ、もしかしたらバカなのはカモメではなく自分なのかもしれないと、たあこは思い始めた。
***
深い、深い海。
ここはたあこが暮らしていた海の下。
広大な海の中で最も深い場所に位置するここは、岩の島とは違って静かな世界だ。陸地とは、数日間泳がなければたどり着けないほど遠く離れている。
それでも、ここでしか聞けない音がある。波のブクブクという音、砂のサラサラという音、そして、たあこの歌声。
この場所に、たあこは住んでいる。今日でちょうど生後1年、タコの年齢としてはもう決して幼くない。そして、今日は【タコの中のタコ】であるたあこにとって大事な日だった。
「うん。タコの寿命は普通なら3年だから…。
手遅れになる前に私も行かなくちゃ!」
3回は訪れるはずの誕生日。そのうちの1回目を迎えて、もうこれ以上、夢を先延ばしにはしないと決めた。
この1年間、たあこはどんなに待っても、自分の声を聞いてくれる友達に出会えなかった。一日、二日と待ち続け、いつの間にか人生の3分の1が過ぎた。初めての誕生日まで待ってみて、その後は自分から会いに行こうと心に決めて、今日まで毎日を過ごしてきた。
「そうよ。たった一度のタコの人生!
やってみるんだ!」
たあこはときめき半分、悲壮な決意半分で冒険に出る準備を始めた。一番大切にしているルビー色のリボン、友達に出会えたらプレゼントするつもりの銀色に輝く貝殻をいくつか。そして、どれほどの深さなのか想像もつかないほど深い海の底から、上へ上へと泳ぎ始めた。あまりの暗さに怖くなった時には、毎晩自分の夢をのせて歌っていた歌を思い出しながら。
***
岩の島にぺたんと座ったたあこが泣きそうになると、亀がたしなめるようにカモメに言った。
「それだけ切望しているってことだよ。
タコの寿命はたったの3年なのだから」
カモメに向けての言葉だったが、それを聞いたたあこは焦りを感じた。分かっていたことだけれど、他人から言われたことでぐっと恐怖心が生まれたのだ。
「そしてタコよ。
誰にでも一生に一度は機会というものが訪れる」
たあこよりもカモメよりもずっと長い歳月を生きてきた亀が、ゆっくりと話した。年を重ねた分だけ角が取れた声は、どこか温かさを感じさせた。
亀のように長い一生でも、タコのように短い一生でも、機会は一度なの?
(よし! 私はたあこよ… くじけちゃいられない!)
たあこは冷静になり、声を整えた。そして、毎晩歌っていた歌を、亀のようにゆっくり歌い始めた。もし誰かがいるなら耳に届くようにと、波音よりも大きな声で。
私はたあこ 1歳のタコ
手遅れにならないうちに
夢をかなえるために旅立つの
私はたあこ タコじゃなくてたあこ
海の外でも歌い続けるわ
そんなたあこの歌が聞こえたのだろうか? 静かだった岩の島がうねり始めた。
たあこはガバッと立ち上がり、周囲を見回した。その時、そびえ立つ岩の上に潮だまりが出来て、青い光を発した。
『たあこ、随分待った?』
そこから聞こえる少女の声に、たあこの体は一瞬にしてタウリンが駆け巡った。それに、初めて会ったその少女は、たあこのことを「タコ」ではなく「たあこ」と呼んでくれた。
「うん。本当に、本当に、すごく待ってた!
この広い海で、どんなに寂しかったか…」
少女は返事の代わりに、歌を口ずさんだ。まるで『ごめんね、また一緒に歌おうよ』と言っているかのように。
たあこは迷うことなく、岩の上に出来た海の中に身を投じた。冷たい水を覚悟していたのに、むしろ温かく包み込まれた。温かくて優しい海だなんて。少女の歌声によく似ていて、いいなぁ。
この少女と一緒に歌えるなら、寿命が尽きるその日まで休まず歌い続けようと、たあこは思った。