リエン
~ 境界線の少女の話 ~
「ずっと待ってた。いま、君に会いに行くよ!」
広大な砂漠。一見、砂以外に何もないようだけど、ここには意外と面白いものが多い。
まずは、1本の木。
真昼の砂漠で休める場所を与えてくれる、私にとっての唯一の友達。やっと1人分くらいの日陰を作ってくれるだけだけど、それで十分よ。
木の他にはピアノ。
この惑星で音が出せる数少ない存在。ピアノが曲を奏でると、激しく吹き荒れていた砂嵐も止んで、曲に耳をすませたりする。
ということは、木陰で休み、ピアノを弾く存在がいなきゃね?
それがまさに私、リエン。
ここ、Glies-832c惑星の最初の存在だ。そして私は、ここで友達が来るのをずっと待っている。
***
「果たして、私の歌を聴いてくれる人はいるのかしら?」
私はいつか出会うであろう友達を待ち、毎日のようにピアノを弾いているが、なぜか今日は、ぞっとするようなことを考えてしまい、弾くのをためらった。
「ひとりで歌って、ひとりで弾いて…、こうやって永遠にひとりで待ち続けることになったら?」
こんな不安な日は夜が長く、眠ることもできない。この虚しさが永遠に続きそうな気分。こんな気持ちのせいなのか、Glies-832c惑星の朝晩の周期が、ここ数か月安定しない。
それでも幸いなことに、惑星の最初の存在として生きてきた時間は、相当に長いということだ。こんなに長い時間を待ちながらわかったのは、寂しさと猜疑心にも周期があり、待っているうちに、「そんなこともあったっけ?」と思えるほど、過ぎ去っていくものだということ。私は、いつからか友達に会うという夢をつかみとる方法をひとつ考えついた。
それは、眠れなくする不安を追いやるために、どこかにいるであろう友達に子守唄を聴かせるのだ。
もう少し こうしていようか
忘れられてしまう夢だけど
目を閉じて
最後に寝かせてあげるわ
歌い終わると心が穏やかになる。これで朝を迎え、また夜を迎えられると思った頃に、Glies-832c惑星の日が暮れ、月が浮かぶ。
「子どもでもないのに。ひとりを怖れてどうするの?」
昼間のリエンが身を隠し、夜のリエンが姿を現す。
***
Glies-832c惑星の最初の存在って話は、昼間のリエンがすでにしたはず。だけど、正確に言えば、惑星の「境界線」で生まれたの。昼と夜が共存するGlies-832c惑星。そんな惑星の境界線で生まれた私は昼と夜、2つの自我を持つことになった。
「はあ、あんなに指ばかり動かして、肩が凝らないのかしら」
私とあいつは、こうして身体の名残を頼りに、互いについて推測する。私は伸びをしながら、滑り降りるようにピアノの椅子から降りた。
肌寒い砂漠の夜。夜になると、昼の時間に凝り固まった体をひとつひとつほぐす。そして、全身を動かしていく。
♩ ♪ ♫ ♬
月の軌道に合わせて踊る。この惑星で私の踊りを見てくれるのは、唯一月だけ。
「一緒に踊ってくれる友達に、いつか会えるかな」
惑星で目覚めて以来、ずっと友達が来るのを待っている。【私】がいるんだから、きっと【君】もいるはず。友達はいったい、いつ来るのだろう。
そうして砂漠のぼんやりとした月明かりに合わせて、体を動かし始め、時間が経つと、夜が終わり昼が訪れようとしていた。それに合わせるように私の体は、こわばり始める。最近になって、前とは違う変化があることには気づいてたけど、ここまで昼が早く来るのは初めてだわ。
「どういう事?ここ数日はもっと昼が長かったのに、こんなことだとあいつが…」
この世界で長い時間を過ごすということは、決してうれしいことではない。その分、待たなければならないから。昼が長くなると、あいつがひとりで過ごす時間が長くなるから、今日はできるだけ長い夜を過ごそうと思ったのに…。
最近は昼と夜の境界線を行ったり来たりしながら、徐々にこの惑星に亀裂が入っているように思う。予想できない時間の流れに不安を覚えそうになった瞬間、この惑星で生まれ育った私が、今まで一度も見たことのない場面が目の前に広がった。
それは、昼と夜が同時に訪れた境界線の時間。夜明け前であり、黄昏時だった。
***
初めて見る光景に驚いたのも少しだけ。気を取り直して周囲を見渡すと、砂嵐に囲まれた青く光る通路が見えた。そっと近づいてみると、通路の向こうから誰かの歌声が聴こえてきた。
♩ ♪ ♫ ♬
初めて聴いた、自分以外の声。ついに誰かに会えると思うと胸が熱くなった。
「ついに来たの?」
期待を膨らませながら、しばらく通路を見つめていた。だけど、歌は徐々に小さくなっていくばかり。気が焦った瞬間、ふとある考えが頭をよぎった。
「私から会いに行くことだってできる。待っている必要はないわ。」
誰かが会いに来てくれるのではない、私が会いに行くのよ。これまでは考えたこともなかったことだ。
「私から会いに行こう。あれほど待ちわびた友達に、私から会いに行くのよ」
いつも歌った歌。夜通し踊ったダンス。友達に会いに行こうと、一歩を踏み出しながら、考えた。
「そうだ、最初の存在というのは、つまりは2番目、そして3番目のためにあるのよ」
私は自らの手で待つことに終止符を打つことにした。
こうして私は新たな世界へと一歩を踏み出した。
~ 境界線の少女の話 ~
「ずっと待ってた。
いま、君に会いに行くよ!」
広大な砂漠。一見、砂以外に何もないようだけど、ここには意外と面白いものが多い。
まずは、1本の木。
真昼の砂漠で休める場所を与えてくれる、私にとっての唯一の友達。やっと1人分くらいの日陰を作ってくれるだけだけど、それで十分よ。
木の他にはピアノ。
この惑星で音が出せる数少ない存在。ピアノが曲を奏でると、激しく吹き荒れていた砂嵐も止んで、曲に耳をすませたりする。
ということは、木陰で休み、ピアノを弾く存在がいなきゃね?
それがまさに私、リエン。
ここ、Glies-832c惑星の最初の存在だ。そして私は、ここで友達が来るのをずっと待っている。
***
「果たして、私の歌を聴いてくれる人は
いるのかしら?」
私はいつか出会うであろう友達を待ち、毎日のようにピアノを弾いているが、なぜか今日は、ぞっとするようなことを考えてしまい、弾くのをためらった。
「ひとりで歌って、ひとりで弾いて…、こうやって
永遠にひとりで待ち続けることになったら?」
こんな不安な日は夜が長く、眠ることもできない。この虚しさが永遠に続きそうな気分。こんな気持ちのせいなのか、Glies-832c惑星の朝晩の周期が、ここ数か月安定しない。
それでも幸いなことに、惑星の最初の存在として生きてきた時間は、相当に長いということだ。こんなに長い時間を待ちながらわかったのは、寂しさと猜疑心にも周期があり、待っているうちに、「そんなこともあったっけ?」と思えるほど、過ぎ去っていくものだということ。私は、いつからか友達に会うという夢をつかみとる方法をひとつ考えついた。
それは、眠れなくする不安を追いやるために、どこかにいるであろう友達に子守唄を聴かせるのだ。
もう少し こうしていようか
忘れられてしまう夢だけど
目を閉じて
最後に寝かせてあげるわ
歌い終わると心が穏やかになる。これで朝を迎え、また夜を迎えられると思った頃に、Glies-832c惑星の日が暮れ、月が浮かぶ。
「子どもでもないのに。
ひとりを怖れてどうするの?」
昼間のリエンが身を隠し、夜のリエンが姿を現す。
***
Glies-832c惑星の最初の存在って話は、昼間のリエンがすでにしたはず。だけど、正確に言えば、惑星の「境界線」で生まれたの。昼と夜が共存するGlies-832c惑星。そんな惑星の境界線で生まれた私は昼と夜、2つの自我を持つことになった。
「はあ、あんなに指ばかり動かして、
肩が凝らないのかしら」
私とあいつは、こうして身体の名残を頼りに、互いについて推測する。私は伸びをしながら、滑り降りるようにピアノの椅子から降りた。
肌寒い砂漠の夜。夜になると、昼の時間に凝り固まった体をひとつひとつほぐす。そして、全身を動かしていく。
♩ ♪ ♫ ♬
月の軌道に合わせて踊る。この惑星で私の踊りを見てくれるのは、唯一月だけ。
「一緒に踊ってくれる友達に、いつか会えるかな」
惑星で目覚めて以来、ずっと友達が来るのを待っている。【私】がいるんだから、きっと【君】もいるはず。友達はいったい、いつ来るのだろう。
そうして砂漠のぼんやりとした月明かりに合わせて、体を動かし始め、時間が経つと、夜が終わり昼が訪れようとしていた。それに合わせるように私の体は、こわばり始める。最近になって、前とは違う変化があることには気づいてたけど、ここまで昼が早く来るのは初めてだわ。
「どういう事?
ここ数日はもっと昼が長かったのに、
こんなことだとあいつが…」
この世界で長い時間を過ごすということは、決してうれしいことではない。その分、待たなければならないから。昼が長くなると、あいつがひとりで過ごす時間が長くなるから、今日はできるだけ長い夜を過ごそうと思ったのに…。
最近は昼と夜の境界線を行ったり来たりしながら、徐々にこの惑星に亀裂が入っているように思う。予想できない時間の流れに不安を覚えそうになった瞬間、この惑星で生まれ育った私が、今まで一度も見たことのない場面が目の前に広がった。
それは、昼と夜が同時に訪れた境界線の時間。夜明け前であり、黄昏時だった。
***
初めて見る光景に驚いたのも少しだけ。気を取り直して周囲を見渡すと、砂嵐に囲まれた青く光る通路が見えた。そっと近づいてみると、通路の向こうから誰かの歌声が聴こえてきた。
♩ ♪ ♫ ♬
初めて聴いた、自分以外の声。ついに誰かに会えると思うと胸が熱くなった。
「ついに来たの?」
期待を膨らませながら、しばらく通路を見つめていた。だけど、歌は徐々に小さくなっていくばかり。気が焦った瞬間、ふとある考えが頭をよぎった。
「私から会いに行くことだってできる。
待っている必要はないわ。」
誰かが会いに来てくれるのではない、私が会いに行くのよ。これまでは考えたこともなかったことだ。
「私から会いに行こう。あれほど待ちわびた
友達に、私から会いに行くのよ」
いつも歌った歌。夜通し踊ったダンス。友達に会いに行こうと、一歩を踏み出しながら、考えた。
「そうだ、最初の存在というのは、つまりは
2番目、そして3番目のためにあるのよ」
私は自らの手で待つことに終止符を打つことにした。
こうして私は新たな世界へと一歩を踏み出した。