ローズ
~ 美女と野獣の少女の話 ~
「海の向こうには新しい世界があるらしい」
「海の向こうに何があるか、知ってるか?」
ホラ吹きなカラスが、お得意のお喋りを始めた。集まった動物たちは皆、首を横に振った。
私、ローズも同じだ。私たちはずっと森の中で暮らしてきたから、海をよく知らない。想定どおりの反応だったのかカラスは満足げに笑みを浮かべ、話を続けた。ものすごく重大なことを話しそうな顔で。
「聞いた話だけど、海の向こうには新しい世界があるらしい」
「へえ~!こことは違うまた別の世界があるの?」
私は、好奇心に満ちた声を上げながらカラスの前に身を乗り出した。するとカラスは声を低くし、真剣な面持ちで再び話し始めた。
「喜ぶのは早いぞ。そこにたどり着くまでに、広大な海を越えなければいけないが、この海が
相当に恐ろしい」
あちこちでゴクリとつばを飲む音がした。私も緊張したまま、カラスの話に集中した。
「深い海には、水鬼がウヨウヨいるそうだ。見つかると、一瞬で飲み込まれてしまうらしい」
「水のお化け?本当?!」
「そうだ!それも1~2匹ではないぞ。だから、必ず大きな船に乗って身を潜めていなければ
いけない。だが、問題は波だ」
「ええっ?波まで!?」
さっきまでの好奇心と期待感にあふれた空気はどこ吹く風、皆すっかり体をすくめてカラスの話を聞いていた。
「そうだ!波はどんな大きな船も揺らすことができる。頭は痛いわ、船酔いして吐き気は
するわ…。おまけに波は相当冷たいから、一瞬で風邪を引いてしまう」
ウウッ、風邪とは!拳を握って体が震えるのを、どうにかこらえた。風邪で全身が高熱にうなされ、喉が痛いのを想像しただけで嫌になる。
「海の風邪は、相当しぶとくて、なかなか治らない。治すには、とてつもなく見た目の怖い
ばあさんを訪ねていって…」
「うう、やめて!もうやめて!」
耐えきれなくなって思わず叫び、勢いよく立ち上がった。怒ってツノを突き立てると、カラスも周りにいる他の動物たちも、驚いて後ずさった。
「あんた!黙って聞いていたら、私が嫌いな話をあえて選んでるでしょ!?」
「いや、違う!聞いた話だってば」
周りの仲間たちが落ち着くようなだめてくれたおかげで、どうにか気を静めることができたが、もしそれがなければ今度こそツノで突き刺していたかもしれない。私をからかうなんて!
「とにかく!海は相当危険な場所だから気をつけろってことだ。その先に、どんなにステキな
場所があるとしてもだ!」
カラスは羽をパタパタさせ、数回咳払いをし、皆を脅すように言った。
「オレらのような陸の生き物は、あんな場所では絶対に耐えられない!」
カラスの断固とした口ぶりに、皆がうなずいた。だけど、私はどうしても気になった。一度も行ったことのない場所。海の向こうの世界が、やたらと気になるわ!
***
新しい場所に行くということ。それは大変なことだけど、だからこそ心揺さぶられることも、よく分かっている。
美女のママと野獣のパパの間に生まれた私は、城で暮らしていた。城の外に出るまでは、外の世界をまるで知らなかった…。安全な城でずっと暮らし、初めて扉を開け、外に出た時に目の前に広がった美しい森の姿は今も目に焼きついている。
最初は警戒していた動物たちも私の歌を聴いて一匹二匹と、近づいてきてくれた。おかげで私たちは友達になれたわ。たくさんの花が咲いた森に腰掛け、みんなに歌を聴かせたあの日の記憶は私にとって一番の幸せな思い出なの。
その時に知った。恐れてばかりで避けていたら、こんな幸せな人生を永遠に知らずにいたはずだと。
***
真っ暗な夜。
カラスのせいで、ここ何日も眠れていない。そこで、最近は心を落ち着かせるために、夜道を散歩している。桜咲く、気持ちのいい夜。すると、目の前に青い光が渦を巻いているような、何かが現れた。恐怖を覚えるほど強烈に揺れる青い光だった。
「これは、もしや海…!」
好奇心に負けて、のぞきこんでみた。そして確信した。カラスが言ってた、あの海に間違いない。船を揺らす大きな波が起こる場所!
その時だった。海の向こうから、かすかに歌声が聴こえてきた。驚いて、思わず後ずさる。水のお化けは、歌で人をおびき出すという噂を聞いたことがあるから…。
「だけど、お化けの歌声がこんなに美しくて優しいはずがない!」
おまけになぜか、歌声が私を呼んでいる気がした。風が吹き、桜吹雪が舞った。
「桜の花!花は愛を意味するそうよ」
母と父を結んだバラの花。私と動物たちをつないでくれた野花。そして私の名前、ローズ。花は特別な存在だ。新しい場所へ再び旅立てる瞬間、私を励ますように、花びらたちが踊るように風に舞っている。
歌声は一層大きく美しく響き渡った。まるで私の耳元でつぶやいているようだった。
「もしかして、友達になりたいの?!」
海の向こう側に問いかけると、応えるように歌声がもっと大きくなった。メロディーが、もっとはっきりと聴こえてくる。
『君に新しい世界を見せてあげる。約束するよ。』
口ずさむようなメロディーで私を呼んでいるのは一体誰?
手のひらに落ちた小さな花びらを、強く握りしめた。
船酔い、水鬼、風邪、波。そんなもの、もう怖くない。未知のことだからって恐れてばかりいたら、新しい幸せには巡りあえない。勇気を振りしぼって一歩を踏み出すと、海の中へと、ゆっくり体が吸い込まれていった。爽やかな磯の香りと花吹雪に全身が包まれている。
新たな冒険、新たな挑戦が始まった瞬間だった。
~ 美女と野獣の少女の話 ~
「海の向こうには新しい世界があるらしい」
「海の向こうに何があるか、知ってるか?」
ホラ吹きなカラスが、お得意のお喋りを始めた。集まった動物たちは皆、首を横に振った。
私、ローズも同じだ。私たちはずっと森の中で暮らしてきたから、海をよく知らない。想定どおりの反応だったのかカラスは満足げに笑みを浮かべ、話を続けた。ものすごく重大なことを話しそうな顔で。
「聞いた話だけど、海の向こうには新しい世界が
あるらしい」
「へえ~!こことは違うまた別の世界があるの?」
私は、好奇心に満ちた声を上げながらカラスの前に身を乗り出した。するとカラスは声を低くし、真剣な面持ちで再び話し始めた。
「喜ぶのは早いぞ。そこにたどり着くまでに、
広大な海を越えなければいけないが、この海が
相当に恐ろしい」
あちこちでゴクリとつばを飲む音がした。私も緊張したまま、カラスの話に集中した。
「深い海には、水鬼がウヨウヨいるそうだ。
見つかると、一瞬で飲み込まれてしまうらしい」
「水のお化け?本当?!」
「そうだ!それも1~2匹ではないぞ。だから、
必ず大きな船に乗って身を潜めていなければ
いけない。だが、問題は波だ」
「ええっ?波まで!?」
さっきまでの好奇心と期待感にあふれた空気はどこ吹く風、皆すっかり体をすくめてカラスの話を聞いていた。
「そうだ!
波はどんな大きな船も揺らすことができる。
頭は痛いわ、船酔いして吐き気はするわ…。
おまけに波は相当冷たいから、一瞬で風邪を
引いてしまう」
ウウッ、風邪とは!拳を握って体が震えるのを、どうにかこらえた。風邪で全身が高熱にうなされ、喉が痛いのを想像しただけで嫌になる。
「海の風邪は、相当しぶとくて、
なかなか治らない。治すには、とてつもなく
見た目の怖いばあさんを訪ねていって…」
「うう、やめて!もうやめて!」
耐えきれなくなって思わず叫び、勢いよく立ち上がった。怒ってツノを突き立てると、カラスも周りにいる他の動物たちも、驚いて後ずさった。
「あんた!黙って聞いていたら、私が嫌いな話を
あえて選んでるでしょ!?」
「いや、違う!聞いた話だってば」
周りの仲間たちが落ち着くようなだめてくれたおかげで、どうにか気を静めることができたが、もしそれがなければ今度こそツノで突き刺していたかもしれない。私をからかうなんて!
「とにかく!海は相当危険な場所だから
気をつけろってことだ。その先に、どんなに
ステキな場所があるとしてもだ!」
カラスは羽をパタパタさせ、数回咳払いをし、皆を脅すように言った。
「オレらのような陸の生き物は、あんな場所では
絶対に耐えられない!」
カラスの断固とした口ぶりに、皆がうなずいた。だけど、私はどうしても気になった。一度も行ったことのない場所。海の向こうの世界が、やたらと気になるわ!
***
新しい場所に行くということ。それは大変なことだけど、だからこそ心揺さぶられることも、よく分かっている。
美女のママと野獣のパパの間に生まれた私は、城で暮らしていた。城の外に出るまでは、外の世界をまるで知らなかった…。安全な城でずっと暮らし、初めて扉を開け、外に出た時に目の前に広がった美しい森の姿は今も目に焼きついている。
最初は警戒していた動物たちも私の歌を聴いて一匹二匹と、近づいてきてくれた。おかげで私たちは友達になれたわ。たくさんの花が咲いた森に腰掛け、みんなに歌を聴かせたあの日の記憶は私にとって一番の幸せな思い出なの。
その時に知った。恐れてばかりで避けていたら、こんな幸せな人生を永遠に知らずにいたはずだと。
***
真っ暗な夜。
カラスのせいで、ここ何日も眠れていない。そこで、最近は心を落ち着かせるために、夜道を散歩している。桜咲く、気持ちのいい夜。すると、目の前に青い光が渦を巻いているような、何かが現れた。恐怖を覚えるほど強烈に揺れる青い光だった。
「これは、もしや海…!」
好奇心に負けて、のぞきこんでみた。そして確信した。カラスが言ってた、あの海に間違いない。船を揺らす大きな波が起こる場所!
その時だった。海の向こうから、かすかに歌声が聴こえてきた。驚いて、思わず後ずさる。水のお化けは、歌で人をおびき出すという噂を聞いたことがあるから…。
「だけど、お化けの歌声がこんなに美しくて
優しいはずがない!」
おまけになぜか、歌声が私を呼んでいる気がした。風が吹き、桜吹雪が舞った。
「桜の花!花は愛を意味するそうよ」
母と父を結んだバラの花。私と動物たちをつないでくれた野花。そして私の名前、ローズ。花は特別な存在だ。新しい場所へ再び旅立てる瞬間、私を励ますように、花びらたちが踊るように風に舞っている。
歌声は一層大きく美しく響き渡った。まるで私の耳元でつぶやいているようだった。
「もしかして、友達になりたいの?!」
海の向こう側に問いかけると、応えるように歌声がもっと大きくなった。メロディーが、もっとはっきりと聴こえてくる。
『君に新しい世界を見せてあげる。約束するよ。』
口ずさむようなメロディーで
私を呼んでいるのは一体誰?
手のひらに落ちた小さな花びらを、
強く握りしめた。
船酔い、水鬼、風邪、波。そんなもの、もう怖くない。未知のことだからって恐れてばかりいたら、新しい幸せには巡りあえない。勇気を振りしぼって一歩を踏み出すと、海の中へと、ゆっくり体が吸い込まれていった。爽やかな磯の香りと花吹雪に全身が包まれている。
新たな冒険、新たな挑戦が始まった瞬間だった。