ニケナ
~ 勝利の女神の話 ~
「2年間、どの歌のバトルにも呼ばれなかった」
「なってない、なってない」
二人組の中学生が歌っている様子を小さな窓越しに見ているのだけど、それがまるでなっていないの。
「ふう、あの歌はあんなふうに歌う曲じゃないのに。踊りは、まあまあだけどさ」
つま先立ちになって他人の歌を盗み聴いているとはいえ、審査基準を崩すわけにはいかない、というのが私のポリシー。再びつま先立ちになり、次の曲は何だろうとのぞきこむと…
「まったく」
中学生たちが窓のほうに近づいてくる。とっさに友達を待っているフリをしたけど、誰が見ても怪しく見えたに違いないわ。中学生たちがいなくなると、部屋に入り、残曲数を確認する。
「あと10曲も残ってるじゃない」
口元がほころんだ。
コインカラオケでお金を入れたのに、最後まで歌わずに帰るの?サン↘キュー↗?
76596、48516、48862、…
覚えていた番号を順に素早く入力してからマイクを手に持つ。
「今日は絶対に満点を出す」
ここのカラオケは点数をつけて、ランキング表を店の入口に貼り出したりする。ところが、自分はどういうわけかランキング入りはむろん、満点を出したことがない…。必死に理由を探る。
ダンスを諦めないから? 正解。
なら、バラードはどう? 表情に気を取られすぎる。
これも正解だ。とは言え、誰かは満点を出している。気を取り直して歌おう。
強い者にはもっと強く I love gamble
果敢なほど新世界 on my table
…
もっと教わりたいならもっと礼儀よく振る舞って
勝利を強く握りしめて離さない
やっぱり最初の1曲は、IUの『Coin』でしょ。勝利の女神、ニケナにもってこいの曲。「勝利を強く握りしめて離さない」という歌詞が特に好きだ。曲のタイトルも『Coin』とは。さすがIU♡
次の曲は、ATEEZの『WIN』
僕らの船は片道切符
Hey, we are gonna win Hey, we are gonna win
We are gonna win We are gonna We are gonna win
8人グループの曲だからかなりきついけど、元気に「Hey」と叫び「We are gonna win」と歌えば、これほど楽しいことはないわ。
このあと続く曲もやはり勝利にまつわる曲ばかりだ。
仕方ない。この2年間は一切、歌のバトルがなかったんだから…。今はただやれることをやるだけ。いつ呼ばれるかも分からないから、実力をつけておかないと。時間ができれば、すべてカラオケに費やしているの。いつかきっと、その時間が報われる日が来ると信じて。
『73点。歌手になるには、まだまだです。もっと練習してね?』
煽るように語尾を上げるカラオケ機にこう言われ、負けん気に火がつく。
「もうラスト1曲?」
最後の曲は…?もう1回、IUの『Coin』よ。
Baby 分かるでしょ 私がもう一度壊れたら
どこまで行くか
最後のゲームだから
悔いのない失敗をしでかし
…
I can’t die I’m all-in
今回は上出来だった気がするけど、もしかして満点…?
『パララパンパパーン~ 85点!』
騒がしいファンファーレを響かせたわりには、しょぼい点数だ。
今月もランキング入りはムリなの?
『満点が欲しいの?』
煽るように語尾を上げてくるカラオケ機。
「当然でしょ!毎日歌いに来ているの、分かるでしょ」
悔しさのあまり、カラオケ機に言い返したところー
『もしかしてアイドルになりたい?』と聞き返してきた。
(なんなの?聞き返すこともできるの?)
「当然でしょ!アイドルになれば歌番組で1位にもなれるし、うまくいけばトリプルクラウンだって狙えるもの」
三冠王か。勝ちに飢えた私には想像するだけで胸がいっぱいだ。
カラオケ機から拍手が聞こえてくる。
(そうよ、所詮はカラオケ機。会話なんて…)
『アイドルとしてデビューしたいのなら、こっちにおいで』
「え?(どっきり?)」
好奇心半分、怖さ半分で、恐る恐るカラオケのモニター画面のほうに向かうと、画面の真ん中が青い光に変わり、ゆらゆらしだした。
(え?何これ?)
青い画面の向こうからカラオケ機と思っていた少女の声が漏れ出てきた。
『ここは戦場よ。それだけ壮絶な戦いが繰り広げられる。あなたが過去に経験した歌のバトルより、過酷なはずよ』
(歌のバトル…?)
画面向こうの声は、間違いなく人の心を読み取っている。
『このバトルに勝てば、あなたはガールズグループのメンバーとしてデビューし、負ければ消滅するのよ』
(消滅?)
勝利の女神、ニケナに消滅なんて。突如、モニターから聞き慣れた歌声がする。
(どこかで聞いたことがある声だ。
え?これ、さっき私が歌った『Coin』じゃない?
それに、これは私の声…?)
最後のゲームだから悔いのない失敗をしでかし
悔いのない失敗?
曲のラスト部分が流れてくる。
「I can’t die I’m all-in」
曲を口ずさみながら少し戸惑ったあと、手に持ったマイクを握り直し、堂々と歌った。人知れず練習した時間は私を裏切らないはず。
そう思った瞬間、どこかに誘われるように手を伸ばし、私はそのまま青い光の中へと吸い込まれていった。
「ジイイィン」
ニケナが握っていたマイクが激しく音を鳴らし床に落ちた。
そしてー
誰もいないコインカラオケの3号室にはニケナが歌った『Coin』が一日中流れた。コインカラオケ店の店主とアルバイトは、その理由を知る由もない。
~ 勝利の女神の話 ~
「2年間、どの歌のバトルにも
呼ばれなかった」
「なってない、なってない」
二人組の中学生が歌っている様子を小さな窓越しに見ているのだけど、それがまるでなっていないの。
「ふう、あの歌はあんなふうに歌う
曲じゃないのに。踊りは、まあまあだけどさ」
つま先立ちになって他人の歌を盗み聴いているとはいえ、審査基準を崩すわけにはいかない、というのが私のポリシー。再びつま先立ちになり、次の曲は何だろうとのぞきこむと…
「まったく」
中学生たちが窓のほうに近づいてくる。とっさに友達を待っているフリをしたけど、誰が見ても怪しく見えたに違いないわ。中学生たちがいなくなると、部屋に入り、残曲数を確認する。
「あと10曲も残ってるじゃない」
口元がほころんだ。コインカラオケでお金を入れたのに、最後まで歌わずに帰るの?サン↘キュー↗?
76596、48516、48862、…
覚えていた番号を順に素早く入力してからマイクを手に持つ。
「今日は絶対に満点を出す」
ここのカラオケは点数をつけて、ランキング表を店の入口に貼り出したりする。ところが、自分はどういうわけかランキング入りはむろん、満点を出したことがない…。必死に理由を探る。
ダンスを諦めないから? 正解。
なら、バラードはどう? 表情に気を取られすぎる。これも正解だ。とは言え、誰かは満点を出している。気を取り直して歌おう。
強い者にはもっと強く I love gamble
果敢なほど新世界 on my table
…
もっと教わりたいなら
もっと礼儀よく振る舞って
勝利を強く握りしめて離さない
やっぱり最初の1曲は、IUの『Coin』でしょ。
勝利の女神、ニケナにもってこいの曲。「勝利を強く握りしめて離さない」という歌詞が特に好きだ。曲のタイトルも『Coin』とは。さすがIU♡
次の曲は、ATEEZの『WIN』
僕らの船は片道切符
Hey, we are gonna win
Hey, we are gonna win
We are gonna win We are gonna
We are gonna win
8人グループの曲だからかなりきついけど、元気に「Hey」と叫び「We are gonna win」と歌えば、これほど楽しいことはないわ。
このあと続く曲もやはり勝利にまつわる曲ばかりだ。
仕方ない。この2年間は一切、歌のバトルがなかったんだから…。今はただやれることをやるだけ。いつ呼ばれるかも分からないから、実力をつけておかないと。時間ができれば、すべてカラオケに費やしているの。いつかきっと、その時間が報われる日が来ると信じて。
『73点。歌手になるには、まだまだです。
もっと練習してね?』
煽るように語尾を上げるカラオケ機にこう言われ、負けん気に火がつく。
「もうラスト1曲?」
最後の曲は…?もう1回、IUの『Coin』よ。
Baby 分かるでしょ
私がもう一度壊れたら
どこまで行くか
最後のゲームだから
悔いのない失敗をしでかし
…
I can’t die I’m all-in
今回は上出来だった気がするけど、もしかして満点…?
『パララパンパパーン~ 85点!』
騒がしいファンファーレを響かせたわりには、
しょぼい点数だ。
今月もランキング入りはムリなの?
『満点が欲しいの?』
煽るように語尾を上げてくるカラオケ機。
「当然でしょ!
毎日歌いに来ているの、分かるでしょ」
悔しさのあまり、カラオケ機に言い返したところー
『もしかしてアイドルになりたい?』と聞き返してきた。
(なんなの?聞き返すこともできるの?)
「当然でしょ!
アイドルになれば歌番組で1位にもなれるし、
うまくいけばトリプルクラウンだって狙えるもの」
三冠王か。勝ちに飢えた私には想像するだけで胸がいっぱいだ。
カラオケ機から拍手が聞こえてくる。
(そうよ、所詮はカラオケ機。会話なんて…)
『アイドルとしてデビューしたいのなら、
こっちにおいで』
「え?(どっきり?)」
好奇心半分、怖さ半分で、恐る恐るカラオケのモニター画面のほうに向かうと、画面の真ん中が青い光に変わり、ゆらゆらしだした。
(え?何これ?)
青い画面の向こうからカラオケ機と思っていた少女の声が漏れ出てきた。
『ここは戦場よ。それだけ壮絶な戦いが繰り広げ
られる。あなたが過去に経験した歌のバトル
より、過酷なはずよ』
(歌のバトル…?)
画面向こうの声は、間違いなく人の心を読み取っている。
『このバトルに勝てば、あなたはガールズグループの
メンバーとしてデビューし、負ければ消滅するのよ』
(消滅?)
勝利の女神、ニケナに消滅なんて。突如、モニターから聞き慣れた歌声がする。
(どこかで聞いたことがある声だ。
え?これ、さっき私が歌った『Coin』じゃない?
それに、これは私の声…?)
最後のゲームだから
悔いのない失敗をしでかし
悔いのない失敗?
曲のラスト部分が流れてくる。
「I can’t die I’m all-in」
曲を口ずさみながら少し戸惑ったあと、手に持ったマイクを握り直し、堂々と歌った。人知れず練習した時間は私を裏切らないはず。
そう思った瞬間、どこかに誘われるように手を伸ばし、私はそのまま青い光の中へと吸い込まれていった。
「ジイイィン」
ニケナが握っていたマイクが激しく音を鳴らし床に落ちた。
そしてー
誰もいないコインカラオケの3号室にはニケナが歌った『Coin』が一日中流れた。コインカラオケ店の店主とアルバイトは、その理由を知る由もない。